古代 古墳時代 大学受験 日本史

【古墳、現る】古墳時代 ~文化編~

古墳

 

”古墳”時代なんやから、何を置いてもまず古墳。

 

ただ、一言に古墳と言っても、色んな種類がある。

丸いのやったり、四角いのやったり、鍵穴みたいなやつまで、色々。

 

棺の入れ方にだって種類がある。

 

そんなこんなで憶えることがいっぱいで大変やろうけど、ずーっと言ってる通り、先人たちも僕らと同じ人間、しかも日本人。

人間の想像を超えるような突拍子もないことはしない。

理屈が分かれば、無理して憶える必要もない。

 

前期 

 

形状

 

古墳時代が始まって、まずはみんな手当たり次第に作りたいようにお墓を作っていく。

『円墳』っていう丸い形をしたお墓や、

『方墳』っていう四角い形をしたお墓や、

有名な『前方後円墳』っていう、鍵穴みたいな形をしたお墓。

他にも色んな形の古墳があるけど、目立ったところではこれくらいで十分。

 

ちなみにこの『前方後円墳』。

なんでこんな形をしているかっていうと、大陸の方から色んなものが渡ってきたんやけど、当然思想のようなものも渡ってくる。

 

大陸には、”丸は天を表して、四角は地を表す”っていう思想があった。

ほら、空を見上げたら丸いやん?

 

んで、当時の日本人は、

「丸が天を表すなら、そこを亡くなった人を埋葬するお墓にしよう!」

「四角が地を表すなら、そこを亡くなった人を祀る祭壇にしよう!」

って考えたわけ。

 

神社を見てもわかる通り、参道を進むとお堂があるやん?

手前に祭壇があって、奥に神様がいるのがしっくりくるやん?

ってなわけで、”前”方に“方”形の祭壇があって、”後”方に”円”形のお墓がある。

これが『前方後円墳』。

 

棺の入れ方は『竪穴式石室』。

【土器、現る】縄文時代でも説明した通り、”竪穴”ってのは、穴を掘る向きが縦ってこと。

『竪穴式石室』

 

元々古墳ってのは有力者のお墓やから、その有力者の遺体さえ埋葬できればいい。

やから、古墳の頂上に縦に穴を掘って、中が崩れないように石で周りを固めて、その有力者の棺を安置すれば完成。

いたってシンプル。

 

ちなみに古墳の表面は『葺石』っていう石で覆われてる。

 

これが前期の古墳スタイル。

当然、前期の有力者って言ったら、ほとんどがヤマト政権中枢の人間やから、近畿を中心に古墳は存在している。

 

副葬品

 

棺に遺体と一緒に入れるものを副葬品という。

その副葬品の内容もまた、時代の移り変わりとともに変化していく。

その時代、その時代の世情を反映したブームってやつ。

 

前期は主に、鏡とか勾玉とか、呪術で使いそうな宝物が一緒に入れられた。

特に有名なのは、『三角縁神獣鏡』。

断面図

断面を見ると、縁の部分が三角になってるから、三角縁。

 

埴輪

 

古墳と言えば、これを忘れちゃいけない。

大阪府は堺市のマスコットキャラクター(?)、『ハニワ部長』。

ではなく、埴輪。

 

埴輪は棺の中やなくて、古墳の上とか周りとかに並べられた。

 

ただこれも、一口に埴輪と言っても、色んな種類がある。

前期に用いられたのは、『円筒埴輪』。

土管みたいな形のこの埴輪は、古墳の柵みたいな用途に使われた。

 

中期

 

形状

 

中期になると、ヤマト政権の力が全国に及ぶようになったからか、巨大な『前方後円墳』が全国的に見られるようになってくる。

形も『前方後円墳』がメインになってくる。

祭壇とお墓がセットになってて、見栄えもいいから定番化してったんかな?

 

この時代の古墳はめちゃくちゃ有名。

さっきも話題に上がった、堺市にある『大仙陵古墳』。

『仁徳天皇陵』っていう名前で知られる古墳やね。

 

『仁徳天皇』のお墓っていう噂があったから、『仁徳天皇陵』って呼ばれてたんやけど、実際は誰のお墓かいまだにわかっていない…

堺の人は『仁徳さん』って親しみを込めて呼んだはるけど、仁徳天皇が本当に埋葬されてるかどうかは分からない上に、調べることもできない。

一応現時点で”天皇陵”、つまり昔の天皇陛下のお墓とされてるから、宮内庁の正式な許可がなければ、中身を調査できないみたい…

 

ちなみに、これは『百舌鳥古墳群』っていう古墳群地域にあるんやけど、

2019年に、『古市古墳群』とともに、ユネスコの『世界文化遺産』に登録が決定して、大きくニュースで取り上げられた。

 

『古市古墳群』も『百舌鳥古墳群』も大阪にあるから、大阪がどれほど古墳だらけかっていうのがよくわかる。

古墳の群れが2つも府内にあるんやもん。

古墳が全国に拡大していったとはいえ、政治の中心は畿内にあったわけやから、当然古墳の数は圧倒的に畿内に多い。

 

副葬品

 

中期には、馬具とか武具とか軍事的なものが副葬品として治められるようになった。

呪術的な、政権みんなのまとめ役から、力のある『王』へと立場が移っていった証拠。

まあ文化が発達して、各地方にも軍事が充実していくと、それを抑え込むために、力を示していかなあかんしね。

 

埴輪

 

中期の埴輪は主に、家とか食器とか動物、人なんかをかたどったものが用いられた。

人型の埴輪はよく見るやつやね。

こういった埴輪を『形象埴輪』っていう。

文字通り、何か”形を象った”埴輪。

死後の世界とか、来世とかでも、物とか人に困らないようにっていう願いが込められてるんかな?

 

後期

 

形状

 

後期になると大規模な古墳は作られなくなる。

小さな円墳がメイン。

 

エジプトのピラミッドも、『クフ王』、『カフラー王』、『メンカウラー王』のいわゆる”三大ピラミッド”よりも後になると、徐々に数も大きさも縮小していく。

 

やっぱ古今東西、でっかい墓は権威を示すために必要でも、コスパが悪いってなって、徐々に作られんくなっていくよね。

形も、わざわざ『前方後円墳』なんて面倒なものを作る手間が惜しい。

それに、墓で権威を見せつけなくても、もう充分に朝廷の権威はみんな分かってくる頃やし。

 

古墳の小規模化に伴って、『群集墳』っていう形態が多くなる。

つまり、一定の範囲の中に古墳が密集して存在している状態。

一つ一つが小さくなってきたから、もう固めときましょって。

現代でいう、共同墓地的な感じ。

 

石室の向きも後期になると、『横穴式石室』になる。

っていうのも、なるべく墓の数を減らしたい。

んでもう、家族はみんな同じ墓でよくね?ってなったわけ。

 

でも亡くなる時期はみんなバラバラやから、亡くなり次第、後から後から『追葬』していった。 

そうなると、『竪穴式石室』やったら、毎回毎回石室の位置まで掘り起こさなかんやん?

 

横穴にして、棺が安置されてる『玄室』って空間までを、『羨道』っていう通路を通して、入り口を石でふさぐ。

そしたら誰か亡くなると、その入り口の石をどけて、『羨道』を通って、『玄室』にまた別の棺を安置していけばいい。

 

言い方はあれやけど、お墓の”再利用”。

 

副葬品

 

後期の副葬品は、中期同様、武具とか馬具とか軍事的なものに加えて、土器なんかも一緒に埋葬された。

というのも、ここ頃になると、埴輪が徐々に作られなくなっていった。

やから、食器類の埴輪なんて作らんでも、本物の食器を一緒に埋葬すればいいやん!ってなったわけ。

 

埴輪

 

上でも述べたように、後期になると埴輪は徐々に作られなくなっていく。

いやだってもう、600年代やで?

『厩戸王』、俗にいう『聖徳太子』が埴輪持ってるの想像できひんやん?

まあ持たんでもええねんけど。

 

末期

 

形状

 

末期で特筆すべきは、『吉見百穴』。

文字通り、吉見っていう土地にある、めっちゃ穴の開いた古墳。

百っていうのは”多い”っていう意味で、実際には200以上の穴が開いてるらしい。

 

古墳時代後半の石室の形状は『横穴式石室』やったね。

山の側面に横穴を開けて、そこに埋葬したってわけ。

 

んでもって、『群集墳』の時代。

お墓は一か所に固めときましょっていう時代。

まあ山やから、横穴は開け放題。

ってなわけで、みんな穴をあけまくって、埋葬しまくった結果、200以上の穴ができてしまった。

 

こういった具合に、非常に理にかなった感じで時代とともに、墓の形状も、埋葬品の種類も移り変わっていった。

 

新しい技術

  

当然ながら、古墳時代も大陸との交流は欠かせないもの。

この時代にも、新しい技術がたくさんもたらされた。

 

ちなみに、仏教の解説は別記事でやったから割愛。

詳しくは、【仏教、来る】古墳時代・政治 ~後編~を参照。

 

影響力の強い渡来人

 

古墳時代に新しい技術をもたらした、特に重要な人物たちについて解説する。

 

五経博士

 

『五経博士』の『五経』っていうのは、

儒教の経典である、「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」

っていう5つの経典のこと。

 

まあ内容を日本史で問われることはほぼないから、儒教の経典をもたらしたんやな~くらいに思っといてくれたらいい。

当時の日本には、土着の『アニミズム』的な思想と仏教しかなかったから、そこに新しく儒教の教えが広まった。

 

王仁

 

この方は100日では亡くなりません。

 

『王仁』さんは、『論語』っていうめっちゃ有名な、これまた儒教の経典をもたらした人。

ちなみに、この『王仁』さんは『西文氏』っていう朝廷で文筆とか出納の分野で活躍した一族の祖先。

要するに、書記的なポジション。

 

阿知使主

 

こんなんどうやって読むねん…

阿知使主さんも、朝廷に文筆で貢献した人で、

同じく『東漢氏』っていう朝廷で文筆とか出納の分野で活躍した一族の祖先。

 

ちなみにこの『東漢氏』。

見覚えある人がいるかもしれない。

そう。

『蘇我馬子』に命令されて『崇峻天皇』を暗殺し、結局口封じに自分も殺されてしまった、あの『東漢駒』さんの一族。

【仏教、来る】古墳時代・政治 ~後編~を参照。

わざわざ日本に渡って来てまで朝廷に貢献してくれた人の子孫が、そんなかわいそうなことになるなんてね…

 

弓月君

 

『弓月君』は、養蚕とか機織りの技術をもたらした。

蚕を飼って、生糸を紡いで、その糸で衣服を織る。

 

ちなみにこの『弓月君』は『秦氏』っていう一族の祖先。

機織りを伝えた一族やから、『秦氏』。

何とも、分かりやすい。

 

『秦氏』は後に京都の”太秦”っていう土地を拠点にした。

”秦”一族が暮らしていたから、太”秦”。

これまた分かりやすい。

太秦っていうと、東映さんのスタジオがあったり、映画村があったりするところ。

京都の観光スポットやね。

 

ところで、これは受験日本史とは全く関係ないんやけど、戦国時代を愛してやまない筆者としてはどうしても言っておきたいことがある。

四国の戦国大名、『長宗我部元親』。

色白でナヨナヨしてたせいで”姫若子”と馬鹿にされてた幼少期から一変、四国を統一して”鬼若子”、”土佐の出来人”なんて呼ばれるようになった傑物なんやけど、

この長宗我部一族、なんと『秦氏』の子孫らしい。

 

だからなんやねんって話かもしれんけど、

荒海を渡って、はるばる日本まで新しい技術をもたらした人の子孫が、四国を統一する偉人になるわけやから、なんかロマンを感じひん?

 

…………。

 

閑話休題。

話を戻そう。

 

新時代の土器

 

時代が変われば、土器も進化する。

シンプルに元々あった土器が進化したものもあれば、大陸から新しくもたらされた土器もある。

 

土師器

『土師器』は、『弥生土器』が進化した土器。

 

………それだけ。

 

弥生土器とほぼ区別がつかんからね…

まあ、しいて言えば、色んな地域でバラバラに作られてた弥生土器に対して、朝廷が統一的に作ることにした土器って感じかな...

 

須恵器

こちらは打って変わって、朝鮮半島からもたらされた新しい土器。

赤褐色の『土師器』と違って、灰色でめっちゃ硬い。

『土師器』の上位互換的な土器。

 

信仰・風習

 

祭祀

 

祈年の祭り

 

”としごい”というくらいやから、毎年何かを乞う。

何を乞うかって、豊作。

毎年の春に、その年の豊作を祈願するお祭りが『祈年の祭り』。

 

新嘗の祭り

 

祈るだけ祈って、収穫して終わりじゃ、神様にあまりにも失礼。

実りを授けてもらったなら、感謝しなくちゃいけない。

そこで『新嘗の祭り』、『新嘗祭』。

秋に収穫を感謝するお祭りを行った。

 

さらに、天皇が即位した最初の『新嘗祭』を『大嘗祭』という。

天皇は神に祈る、いわば最高位の神官。

その天皇が即位して初めて収穫を感謝する大イベントやから、『大嘗祭』。

 

令和元年、2019年の秋にもこの『大嘗祭』が執り行われた。

今上陛下が即位しはった最初の『新嘗祭』やからね。

もんのすごい貴重なタイミングに生きてることを実感するね。

 

禊・祓

 

人間には罪とか『穢』ってものがついてるっていうのが、日本古来の考え方。

そのままやと身も心も荒んでいく。

『ノラガミ』ってアニメでも、『穢れ』って出てきたね。

そんな身も心も荒ませてしまうようなものは、取り除かなくちゃならない。

 

そんな時に行うのが、『禊』と『祓』。

『禊』っていうのは、川とか海に入って、心も身体もすすいでキレイに清めること。

『祓』っていうのは、神社の”お祓い”を見てもわかる通り、道具や祝詞によって清めること。

 

ちなみに『伊勢神宮』では、『禊』の体験ができるツアーをやってたりする。

最近ついてないな~って人は、もしかしたら『穢れ』が溜まってるせい(?)かもしれないから、一度体験してみるのもいいかも。

まあそんなことがなくても、シンプルに貴重な経験やと思うし、日本の伝統に触れてみるのもいいんやないかな。

 

日本神話にも描かれてるくらい、日本古来の伝統的な風習なんやけど、神話を解説するのはまたいずれ……

 

占い

 

太占

 

”太”い”占”いと書いて、『太占』。

太い何かを使うんやけど、その何かっていうのは”鹿の骨”。

なんと殺生な......!

 

でもまあ、鹿のお肉を頂いて、骨も無駄にせずにしっかり使わせてもらうんやから、むしろ生き物に対する感謝の表れ…なのかな?

 

その鹿の骨を焼いて、亀裂の入り方とかで吉凶、要は占う対象が良いか悪いかを占う。

 

大昔に大陸にあった『殷』っていう王朝では、亀の甲羅を焼いて、その亀裂の入り方で占ったらしいから、だいたいみんな何かを焼いて占うんやね。

 

盟神探湯

 

こんなん初見じゃ絶対に読まれへんやん......!

 

簡単に訳すと、「神に盟って、湯に探る」。

 

「くか」っていうのは、”穢れ”って意味で、完全に当て字やねんけど、

要は、神様に自分の罪を見極めてもらうために、熱湯に手を入れる、ってこと。

 

熱湯に手を入れて、手がただれるか否かで、罪を判別したらしい。

古代の裁判方法。

 

.........

 

いやそんなん、絶対ただれるやん!!

 

まあ疑われたら終わりってことやね。

 

まとめ

 

以上、古墳時代の文化でした。

文化は憶えること多いね.......

 

文化を手っ取り早く憶える方法は、まず慣れ親しむこと。

文化って政治以上に完全暗記なイメージがあるけど、所詮は同じ日本人が紡いできた歴史の一部。

何の脈略もなしに突然生まれるものなんてない。

 

どういう流れで生まれて、どういう意味があったのかってのを理解して、当時の人たちの気分を味わって慣れ親しむ。

それが文化を憶える近道。

 

嫌いなもんは、どう頑張ろうが、脳科学を使おうが、頭に入らんもんは入らんからね。

 

これから時代が進むにつれて、文化はどんどん憶える量が増えてくる。

でもどの時代もまずは慣れ親しむこと。

今あなたの周りにある日用品や道具と同じような感覚で捉えてあげれば、自然と頭に入ってくるはず。

 

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